<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>BoBo&#39;s Identity</title><link href="https://oboburas.themedia.jp"></link><subtitle>僕という人間</subtitle><id>https://oboburas.themedia.jp</id><author><name>oboburas</name></author><updated>2023-09-25T18:12:50+00:00</updated><entry><title><![CDATA[父親たちの星条旗]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/48230293/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/586977/929df428ce814e628b60f1eb5a7e6c3d_5e096a4d4b24eaa9fd82e81a020ec1a5.jpg"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/48230293</id><author><name>oboburas</name></author><published>2023-09-25T18:12:50+00:00</published><updated>2025-07-04T16:51:54+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/586977/929df428ce814e628b60f1eb5a7e6c3d_5e096a4d4b24eaa9fd82e81a020ec1a5.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『廃線』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5692028/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5692028</id><summary><![CDATA[廃線になった線路の上に座ってどれくらいの時間が過ぎたのだろう。１時間、いや３０分も経っていないかもしれない。時間を確認しようにも腕時計は着けて来なかったし、他に時間がわかるものも持っていなかった。まあいい。どうせ今は、時間なんてそれほど重要なことではないのだから。ただちょっと、考え事の合間でふと我に返って、気がそれてしまっただけのことだ。たとえ１時間経っていようが、１日経っていようが、それだけの時間を物思いに費やしたということでしかなかった。そんななにかについてひたすらに思いを巡らせている時間を、私は無駄だとは感じなかった。しかしどれだけ時間をかけたところで、私の頭ではなにか納得のいく答えにたどり着けるわけでもない。答えのない問いかけを永遠と自分に投げかけ、堂々巡りの思考の中でどこか収まりのいい場所を探すだけだ。そうした無意味とも思える時間が私には必要なのだ。絡まった糸を解くように、あるいはバラバラになったカケラをつなぎ合わせるように。その思考の道程によって私の中のなにかが正しい位置に収まり、私が失いかけた私という形を取り繕ってくれるような感覚があった。そんな頭の中の整理を続けている間、私は右手にチューハイの缶を持ちながら膝を胸につくくらいまで引き寄せ、それを左腕で抱きかかえるようにして座っていた。こうして背筋を丸めて缶に入ったお酒を飲んでいる様子は、見方によっては胎児が母親の中で産まれるそのときを指を吸いながら待っているように見えなくもない。けれど、すでにその閉塞された空間を出てから数十年と経ってしまった私にとって、自分の作った殻の中にその体勢のまま閉じこもることはただ窮屈に感じるだけのことだった。それにこの場所は嫌いではなかったが、母胎で母親の体温を感じながらへその緒を通して確かに繋がりあっていたあの頃に比べれば、なにからも守られず誰とも繋がらずにひとりここに座る私はあまりにも孤独だ。たとえば、もしいま他の人類が一斉に滅びてしまったとしても、私にそれを知る術はないだろう。けれど考えようによっては、自分が世界でひとりの人間になったことを知らないで済むのだから、これ以上の孤独を感じずに済んでいいじゃないかと、ポジティブに捉えることもできる。そんな私のいまの状況について考えていたら、つま先のほうに鈍い痺れを感じはじめた。痛いというほどではなかったが、違和感としてじわりと指の先を包み込むような感覚がある。経験から言って、これは立ち上がったりしたらひどくなる類の痺れだろう。私は左手を離し、抱え込むように折り曲げていた足をゆっくりと前に伸ばしてみた。「ん……」軽い痛みがふくらはぎに走った。そして弱い電流が流れたような感覚が残る。けれど体勢を変えたことで血流がいくらかよくなったのだろう。痛みと痺れは徐々に和らいでいき、気にならない程度に治った。これでもうしばらくはここに座っていられそうだ。それにしても、５月末の昼過ぎというのは暑すぎず寒すぎず、なんとも快適な陽気だ。白のブラウスに黒のスキニーパンツという軽装でも、肌寒さなどは感じない。人生で何度もこの季節を過ごしてきたはずなのに、５月の気候についてなんて、いままで１度だって気にしたことはなかった。……いや、私には気にしている余裕などなかったのだと思う。４月のうららかさとは逆に、いつも憂鬱な気分をもたらし過ぎ去っていく５月を私はただ無気力なまま、なにもできずに過ごしていた。そうして気がつけば６月となり、梅雨の厚い雲がもたらす降りしきる雨は、私の心にどんよりとした暗い影を落とした。雨が嫌いというわけではなかったが、梅雨に降る大きな雨粒たちは私とこの世界を分厚いカーテンのように遮って、分断した。そうして、帰属する世界をなくした私を慕ってくれるのは、孤独という名の親友だけであった。左手を横にすっと伸ばし、その指先で錆びついた線路に触れてみた。鉄でできたその道は気温よりもいくらか冷たく、私の指先の熱を少し奪っていく。私は線路を自分のほうへとなぞっていき、そのまま腰を這うように手を上げて、左のポケットからシガレットケースを取り出した。右手に持った缶を線路の脇に置くと、ケースからタバコを1本取り出して口へと持って行く。そしてタバコを咥えると今度は右のポケットから銀色のジッポーを取り出し、タバコに火をつけた。吸い込んだ煙を吐き出すと、口の中にタバコの匂いと苦味が残った。私は別に日頃からタバコを吸っているわけではない。わざわざタールやらニコチンやらを摂取して体を蝕みたくはないし、タバコの風味や煙だって苦手なほうだ。けれどどうしてか、たまにどうしようもなく吸いたくなることがある。きっと程度の低い自傷行為のようなものだ。この1本の積み重ねが、長い目で見れば寿命を縮めているのだと思うと、長生きしたくない私は少し救われるような気がする。一口を時間をかけて吸い込み、そして同じくらいの時間をかけてゆっくりと吐き出す。口から出た紫煙は、私の視界を曇らせながら上へ上へと昇っていき、やがて空気に溶けて見えなくなった。タバコ特有の苦味を我慢しながら、指を火傷しない程度に根元まで吸いきる。それをまだ少し中身の残っている缶の中に入れ、私は静かに目を閉じた。ふと、昔観た映画を思い出した。その映画は、死体があるという噂を聞きつけた子供達が線路を辿ってそれを見に行こうとする、という内容だったと思う。その道中、線路の振動に気づいた子供たちがやってくる汽車を察知して、ギリギリのところで避けているシーンがあった。私も彼らがやっていたように、その揺れを感じとろうと試みる。しかし電車の起こす振動どころか、なにかが動いたような微かな揺れさえ感じることはできなかった。そもそもこの路線はだいぶ前に廃線になっているのだから、電車が来ることはないのだ。それは分かっていたのだけれど、それでもなにか、あるいは誰かが私をここまで迎えに来てくれはしないだろうかという期待があった。そうでなければ、私を轢き殺すかしてくれるのでも構わない。けれどいまは、それさえも叶わなかった。「私は……どこにも行けない……」そうぽつりと、口から独り言がこぼれ出た。ここではないところならばどこでもいいから、どこかへ行ってしまいたい気分だった。昨日、二年間働いていた会社を辞めた。以前から受けていた上司のセクハラがエスカレートし、ついにそれが耐えられなくなったからだ。それまでにも辞職届を出そうと思ったことはあったのだが、届けはその上司に出さなければならず、いざとなると私はどうしても躊躇してしまった。しかし日に日に度を越していく彼の行いに対して、ようやく心を決め、辞表を提出した。辞職の決意をした私に彼は、「この忙しい時期に……」とか「社会人としての自覚が……」といった文句をブツブツと言った。実際に会社は繁忙期に入っていて、自分が辞めることでそのしわ寄せが周りの人にいくのは明らかだったし、社会からドロップアウトする自分には社会人としての自覚がないと言われてしまっても仕方のないことだと思って聞いていた。けれどその最後に、「これだから女は」と吐き捨てるように言われたとき、私はあまりの発言に唖然とした。なぜ私がそこまで言われなければならないのだろう。出産や結婚となるとそういうことを言う人もいると分かっていたが、まさかセクハラの被害者である私が加害者である彼に同じことを言われるとは思ってもみなかった。驚きとともに、女性であることを蔑視されたことにひどく傷つき、怒りすら感じた。私は思わずなにか言い返そうかと思ったがとっさに言葉が思いつかず、結局彼の話が終わるまでなにも言い出せないまま、私物を持って会社を後にするほかなかった。その帰り道で私はずっと考えていた。私が女として生まれたことがいけなかったのだろうか。たしかに男に生まれていれば、出産やセクハラなど、しなくてもいい苦労もあっただろう。しかしだからといって、私はそれらを自分の性別のせいにしてしまうことはできなかった。男に生まれていても女に生まれていても、私は自分らしさを忘れず必死に生きていただろうし、そのうえで負うことになる苦労もあるだろう。男には男の、女には女の生きづらさというものがあるはずだ。それに私は女だったからこそ今の夫と結婚し、可愛らしい娘を授かったのだからと、自分が女として生きてきたことで得られた幸せに充分満足していた。だから、私は自分の性別を肯定して生きようと決めていたし、それが原因で起きた出来事に対しても、自分なりの理屈でうまく乗り越えていこうと決めていた。けれどそんな思いが強かったからか、私は上司からセクハラを受けていることについても、そのせいで会社を辞めようとしていることについても、夫を含め、誰かに相談しようとは思わなかった。ふいに、小石のぶつかる音がして我に返った。すぐにまた、カチンと背後で物音がした。踏み込むような重く規則正しい音と、おぼつかないような軽く不規則な音が背後から聞こえてくる。物音は徐々に大きくなり、目の前にできた私の影にふたつの人影が並んだ。音は私のすぐ後ろで止まった。「落ち着いたかい」人影が、低く物静かな声で尋ねてきた。「……少し」と私が答えると影は移動し、左側から回り込むようにして私の前に来た。うつむき気味だった私の視界に、つま先に軽く擦れたような傷がある革靴と、キャラクターのプリントがある子供用の靴が並んだ。少し顔をあげると、明るい水色のポロシャツと紺の短パン、頭には黄色い帽子を被っている小さな女の子がじっとこちらを見ていた。私と目があうと、困ったように隣の人を見上げてから、再び小さな目をこちらに向けた。女の子は私の半分くらいしかない小さな手で、隣に立っている人の手をぎゅっと握っている。その手を辿ってさらに顔をあげていくと、背中にリュックを背負い、肩から幼稚園の黄色いショルダーバックを下げたスーツ姿の男性がこちらを見下ろしていた。「ゆぅくん、来てくれたんだ」彼はなにも言わず、うなずく。「まぁちゃんのお迎えも行ってくれたんだね」「あぁ」と彼は短く答える。「ありがとう」と私はお礼を言った。「……紗奈のことも迎えに来たんだ。きっとここにいるだろうって思ったから」と彼が言う。ここへくる前に彼宛のメッセージを送っておいたが、そこには私がどこにいるかを書いていなかったはずだ。ただ、まぁちゃんのお迎えを代わりに行って欲しいとだけ頼んであった。「よくここだってわかったね」と私は聞いた。「紗奈が麻耶の迎えを頼むのは珍しいことだし、きっと昨日の喧嘩が原因だろうと思って……。そういう時はいつも、紗奈はここに来るから」彼の話を聞いていて、彼は私のことをよく理解してくれているのだと感じた。恋人だったころも含めれば、もう８年の付き合いになる。改めて意識してみると、それはなんと長い時間だったことだろう。それだけの時間を一緒に過ごしてきて、きっと彼は私の性格や行動の癖などもよく把握しているのだろう。しかしその一方で、私には彼と同じくらい彼のことをちゃんと分かってあげられている自信がなかった。いままでずっと彼のことを見てきたつもりだったけれど、私は自分のことで精一杯になってしまうことも多かったから、どうしても視野が狭くなることがあった。だからいまでも彼と過ごしているなかで、私の知らない彼の一面を垣間見ることもある。そしてそのたびに私は驚くとともに、実は彼のことを全然知らないないんじゃないかという不安に襲われた。私は一体、彼の何を見てきたのだろうか、と……。そんな思いに苛まれて自己嫌悪に陥る私に対しても、彼はいつもと変わらず優しく接してくれた。しかし自分にはそんな彼の優しさを受ける資格なんてないような気がしてしまい、私はむしろ、もっと彼のことを理解しなければという焦燥感に駆られた。「ごめんなさい。私のわがままでまぁちゃんのお迎えに行かせて、そのうえ私の迎えにまで来させちゃって……」そう言って、私は目を伏せた。「……いや、いいんだ。昨日のことは俺が悪かったから、本当にすまなかったと思ってる」と彼が私に謝る。彼はいつもそうやって自分の過ちを素直に認め、私の行いを責めることもしなかった。それなのに私は、内心では私みたいなめんどくさい人間にほとほとうんざりしているのかもしれないという妄想をしては、ひとり勝手に傷ついていた。「ううん、私が悪いの。いつも全部私が悪いの……」そう口にした途端、目頭がじわっと熱をもって、涙が一気に溢れ出た。こぼれ落ちた水滴は、足元の乾いた石に落ちて黒く染まった。「私はゆぅくんになんの相談もしないで仕事を辞めちゃったり、自分が出来損ないの人間だって感じて苦しくなってここに逃げてきたり、それなのにその後始末を全部ゆぅくんにさせちゃったり……。ぜんぶ、全部私がいけないの……だから……」言葉が詰まってしまって、最後まで言い切ることができない。彼は娘の手を離すと、私の震える肩にその手を乗せた。彼の大きく骨ばった手の感触や体温が伝わってくると、私は少し落ち着きを取り戻した。そして彼は腰をかがめ、私の頭を抱え込むようにしっかりと私を抱きしめた。「そんなことない」と彼の声が耳元で聞こえる。「俺も悪かった。紗奈が色々なものを抱えながらたくさん考えて決めたことだったのに、それを俺はちゃんとわかってあげられてなかった。そんな大事なことを相談しないで決めたってことが、俺のことを信頼してくれてないように思えて、俺は……紗奈を責めてしまった。まずは、大変な思いをして辛い決断をしたことを気遣ってあげるべきだったのに……。理由も聞かず、自分のことしか考えてなかった、出来損ないは俺のほうだよ」そういって彼は、さらに強く私を抱きしめた。それは少し痛いくらいだったが、その痛みはなぜか私を安心させた。それから今まで溜め込んでいた想いが、まるでダムが決壊したように溢れ出し、私はその感情のままに声をあげながら泣きじゃくった。私は止まらない涙をそのままに、彼の腰へと手をまわし、肩に顔を埋めるようにして抱きしめた。彼の首筋から少し汗の混じった彼の匂いがしてきたが、私はその匂いを好きだと思った。彼はなにも言わず、そっと私の頭を撫でていた。そのまましばらく抱きしめ合っていると、痺れを切らした娘が帰りたそうにしはじめた。「ねーえー、帰ろー？　まぁちゃん、お腹すいた！」と、娘が声を張り上げる。私と彼はお互いにまわした腕を離し、娘のほうを向いた。気がつくと日がだいぶ傾き、あたりも薄暗くなっている。日が暮れたことで、泣いて腫れたまぶたや化粧の崩れたひどい顔を、娘にも彼にもはっきりと見られずに済むのは幸いだった。「そうだな、ごめんまぁちゃん。お待たせ」と彼が娘に謝り、立ち上がる。私も脇に置いていたチューハイの缶を拾い上げ立とうとすると、彼が手を差し伸べてくれた。私はその手をとり、彼が引き上げてくれるままに立ち上がった。「あのね、まぁちゃん、パパにいい子にしててねって言われたから、いい子に待ってたの。まぁちゃん、えらいー？」と、娘は褒めてくれと言わんばかりにニコニコしながら尋ねた。「うん、えらいね。まぁちゃん、ちゃんといい子にできてたよ。えらい！」と娘の頭を撫でながら私が答えると、娘は私の顔を見てとても嬉しそうに微笑んだ。彼が「じゃあ、帰ろうか」と、娘の手をとる。すると娘は「ママはこっち！」と、空いているほうの手を私に差し出した。私はその手をとり、そのやわらかい感触や少し高い体温に、夫のときとは違った安心感を覚えた。私には愛する夫がいて、そして愛する娘がいる。孤独なんて感じている暇はないのだと思った。私たちに挟まれて両手を繋いでいる娘は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら「ジャンプする！　ジャンプ！」と言ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。私と彼は、娘の跳ぶタイミングを合わせて娘の手を上に引っ張りあげた。私たちの腰くらいまで上がった娘の体を、今度はそのままゆっくりと地面に降ろす。満足そうにきゃっきゃと笑い、「もっかい！　もーっかい！」とねだる娘。そしてそれを見て優しく微笑む夫。わたしの居場所は、ちゃんとここにある。そう思うとまた溢れてきそうな涙をこらえて、私は彼と娘のほうを向いて言った。「大好きだよ」彼と娘が私のほうを見る。「俺も……大好きだよ」と彼が照れたように笑んで答える。「まぁちゃんも、ママだーいすきー！」と娘がニッと笑う。そんなふたりに私も笑い返す。堪えきれなかった涙がひとしずく私の頬を伝って口の中に入ったが、その涙は温かく、そしてなぜか甘かった。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2019-02-08T17:52:37+00:00</published><updated>2019-02-08T17:59:16+00:00</updated><content 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		<div>
			<p>廃線になった線路の上に座ってどれくらいの時間が過ぎたのだろう。</p><p>１時間、いや３０分も経っていないかもしれない。</p><p>時間を確認しようにも腕時計は着けて来なかったし、他に時間がわかるものも持っていなかった。</p><p>まあいい。</p><p>どうせ今は、時間なんてそれほど重要なことではないのだから。</p><p>ただちょっと、考え事の合間でふと我に返って、気がそれてしまっただけのことだ。</p><p>たとえ１時間経っていようが、１日経っていようが、それだけの時間を物思いに費やしたということでしかなかった。</p><p>そんななにかについてひたすらに思いを巡らせている時間を、私は無駄だとは感じなかった。</p><p>しかしどれだけ時間をかけたところで、私の頭ではなにか納得のいく答えにたどり着けるわけでもない。</p><p>答えのない問いかけを永遠と自分に投げかけ、堂々巡りの思考の中でどこか収まりのいい場所を探すだけだ。</p><p>そうした無意味とも思える時間が私には必要なのだ。</p><p>絡まった糸を解くように、あるいはバラバラになったカケラをつなぎ合わせるように。</p><p>その思考の道程によって私の中のなにかが正しい位置に収まり、私が失いかけた私という形を取り繕ってくれるような感覚があった。</p><p><br></p><p>そんな頭の中の整理を続けている間、私は右手にチューハイの缶を持ちながら膝を胸につくくらいまで引き寄せ、それを左腕で抱きかかえるようにして座っていた。</p><p>こうして背筋を丸めて缶に入ったお酒を飲んでいる様子は、見方によっては胎児が母親の中で産まれるそのときを指を吸いながら待っているように見えなくもない。</p><p>けれど、すでにその閉塞された空間を出てから数十年と経ってしまった私にとって、自分の作った殻の中にその体勢のまま閉じこもることはただ窮屈に感じるだけのことだった。</p><p>それにこの場所は嫌いではなかったが、母胎で母親の体温を感じながらへその緒を通して確かに繋がりあっていたあの頃に比べれば、なにからも守られず誰とも繋がらずにひとりここに座る私はあまりにも孤独だ。</p><p>たとえば、もしいま他の人類が一斉に滅びてしまったとしても、私にそれを知る術はないだろう。</p><p>けれど考えようによっては、自分が世界でひとりの人間になったことを知らないで済むのだから、これ以上の孤独を感じずに済んでいいじゃないかと、ポジティブに捉えることもできる。</p><p>そんな私のいまの状況について考えていたら、つま先のほうに鈍い痺れを感じはじめた。</p><p>痛いというほどではなかったが、違和感としてじわりと指の先を包み込むような感覚がある。</p><p>経験から言って、これは立ち上がったりしたらひどくなる類の痺れだろう。</p><p>私は左手を離し、抱え込むように折り曲げていた足をゆっくりと前に伸ばしてみた。</p><p>「ん……」</p><p>軽い痛みがふくらはぎに走った。</p><p>そして弱い電流が流れたような感覚が残る。</p><p>けれど体勢を変えたことで血流がいくらかよくなったのだろう。</p><p>痛みと痺れは徐々に和らいでいき、気にならない程度に治った。</p><p>これでもうしばらくはここに座っていられそうだ。</p><p><br></p><p>それにしても、５月末の昼過ぎというのは暑すぎず寒すぎず、なんとも快適な陽気だ。</p><p>白のブラウスに黒のスキニーパンツという軽装でも、肌寒さなどは感じない。</p><p>人生で何度もこの季節を過ごしてきたはずなのに、５月の気候についてなんて、いままで１度だって気にしたことはなかった。</p><p>……いや、私には気にしている余裕などなかったのだと思う。</p><p>４月のうららかさとは逆に、いつも憂鬱な気分をもたらし過ぎ去っていく５月を私はただ無気力なまま、なにもできずに過ごしていた。</p><p>そうして気がつけば６月となり、梅雨の厚い雲がもたらす降りしきる雨は、私の心にどんよりとした暗い影を落とした。</p><p>雨が嫌いというわけではなかったが、梅雨に降る大きな雨粒たちは私とこの世界を分厚いカーテンのように遮って、分断した。</p><p>そうして、帰属する世界をなくした私を慕ってくれるのは、孤独という名の親友だけであった。</p><p><br></p><p>左手を横にすっと伸ばし、その指先で錆びついた線路に触れてみた。</p><p>鉄でできたその道は気温よりもいくらか冷たく、私の指先の熱を少し奪っていく。</p><p>私は線路を自分のほうへとなぞっていき、そのまま腰を這うように手を上げて、左のポケットからシガレットケースを取り出した。</p><p>右手に持った缶を線路の脇に置くと、ケースからタバコを1本取り出して口へと持って行く。</p><p>そしてタバコを咥えると今度は右のポケットから銀色のジッポーを取り出し、タバコに火をつけた。</p><p>吸い込んだ煙を吐き出すと、口の中にタバコの匂いと苦味が残った。</p><p>私は別に日頃からタバコを吸っているわけではない。</p><p>わざわざタールやらニコチンやらを摂取して体を蝕みたくはないし、タバコの風味や煙だって苦手なほうだ。</p><p>けれどどうしてか、たまにどうしようもなく吸いたくなることがある。</p><p>きっと程度の低い自傷行為のようなものだ。</p><p>この1本の積み重ねが、長い目で見れば寿命を縮めているのだと思うと、長生きしたくない私は少し救われるような気がする。</p><p>一口を時間をかけて吸い込み、そして同じくらいの時間をかけてゆっくりと吐き出す。</p><p>口から出た紫煙は、私の視界を曇らせながら上へ上へと昇っていき、やがて空気に溶けて見えなくなった。</p><p>タバコ特有の苦味を我慢しながら、指を火傷しない程度に根元まで吸いきる。</p><p>それをまだ少し中身の残っている缶の中に入れ、私は静かに目を閉じた。<br></p><p>ふと、昔観た映画を思い出した。</p><p>その映画は、死体があるという噂を聞きつけた子供達が線路を辿ってそれを見に行こうとする、という内容だったと思う。</p><p>その道中、線路の振動に気づいた子供たちがやってくる汽車を察知して、ギリギリのところで避けているシーンがあった。</p><p>私も彼らがやっていたように、その揺れを感じとろうと試みる。</p><p>しかし電車の起こす振動どころか、なにかが動いたような微かな揺れさえ感じることはできなかった。</p><p>そもそもこの路線はだいぶ前に廃線になっているのだから、電車が来ることはないのだ。</p><p>それは分かっていたのだけれど、それでもなにか、あるいは誰かが私をここまで迎えに来てくれはしないだろうかという期待があった。</p><p>そうでなければ、私を轢き殺すかしてくれるのでも構わない。</p><p>けれどいまは、それさえも叶わなかった。</p><p>「私は……どこにも行けない……」</p><p>そうぽつりと、口から独り言がこぼれ出た。</p><p>ここではないところならばどこでもいいから、どこかへ行ってしまいたい気分だった。</p><p><br></p><p>昨日、二年間働いていた会社を辞めた。</p><p>以前から受けていた上司のセクハラがエスカレートし、ついにそれが耐えられなくなったからだ。</p><p>それまでにも辞職届を出そうと思ったことはあったのだが、届けはその上司に出さなければならず、いざとなると私はどうしても躊躇してしまった。</p><p>しかし日に日に度を越していく彼の行いに対して、ようやく心を決め、辞表を提出した。</p><p>辞職の決意をした私に彼は、「この忙しい時期に……」とか「社会人としての自覚が……」といった文句をブツブツと言った。</p><p>実際に会社は繁忙期に入っていて、自分が辞めることでそのしわ寄せが周りの人にいくのは明らかだったし、社会からドロップアウトする自分には社会人としての自覚がないと言われてしまっても仕方のないことだと思って聞いていた。</p><p>けれどその最後に、「これだから女は」と吐き捨てるように言われたとき、私はあまりの発言に唖然とした。</p><p>なぜ私がそこまで言われなければならないのだろう。</p><p>出産や結婚となるとそういうことを言う人もいると分かっていたが、まさかセクハラの被害者である私が加害者である彼に同じことを言われるとは思ってもみなかった。</p><p>驚きとともに、女性であることを蔑視されたことにひどく傷つき、怒りすら感じた。</p><p>私は思わずなにか言い返そうかと思ったがとっさに言葉が思いつかず、結局彼の話が終わるまでなにも言い出せないまま、私物を持って会社を後にするほかなかった。<br></p><p>その帰り道で私はずっと考えていた。</p><p>私が女として生まれたことがいけなかったのだろうか。</p><p>たしかに男に生まれていれば、出産やセクハラなど、しなくてもいい苦労もあっただろう。</p><p>しかしだからといって、私はそれらを自分の性別のせいにしてしまうことはできなかった。</p><p>男に生まれていても女に生まれていても、私は自分らしさを忘れず必死に生きていただろうし、そのうえで負うことになる苦労もあるだろう。</p><p>男には男の、女には女の生きづらさというものがあるはずだ。</p><p>それに私は女だったからこそ今の夫と結婚し、可愛らしい娘を授かったのだからと、自分が女として生きてきたことで得られた幸せに充分満足していた。</p><p>だから、私は自分の性別を肯定して生きようと決めていたし、それが原因で起きた出来事に対しても、自分なりの理屈でうまく乗り越えていこうと決めていた。</p><p>けれどそんな思いが強かったからか、私は上司からセクハラを受けていることについても、そのせいで会社を辞めようとしていることについても、夫を含め、誰かに相談しようとは思わなかった。</p><p><br></p><p>ふいに、小石のぶつかる音がして我に返った。</p><p>すぐにまた、カチンと背後で物音がした。</p><p>踏み込むような重く規則正しい音と、おぼつかないような軽く不規則な音が背後から聞こえてくる。</p><p>物音は徐々に大きくなり、目の前にできた私の影にふたつの人影が並んだ。</p><p>音は私のすぐ後ろで止まった。</p><p>「落ち着いたかい」</p><p>人影が、低く物静かな声で尋ねてきた。</p><p>「……少し」と私が答えると影は移動し、左側から回り込むようにして私の前に来た。</p><p>うつむき気味だった私の視界に、つま先に軽く擦れたような傷がある革靴と、キャラクターのプリントがある子供用の靴が並んだ。</p><p>少し顔をあげると、明るい水色のポロシャツと紺の短パン、頭には黄色い帽子を被っている小さな女の子がじっとこちらを見ていた。</p><p>私と目があうと、困ったように隣の人を見上げてから、再び小さな目をこちらに向けた。</p><p>女の子は私の半分くらいしかない小さな手で、隣に立っている人の手をぎゅっと握っている。</p><p>その手を辿ってさらに顔をあげていくと、背中にリュックを背負い、肩から幼稚園の黄色いショルダーバックを下げたスーツ姿の男性がこちらを見下ろしていた。</p><p>「ゆぅくん、来てくれたんだ」</p><p>彼はなにも言わず、うなずく。</p><p>「まぁちゃんのお迎えも行ってくれたんだね」</p><p>「あぁ」と彼は短く答える。</p><p>「ありがとう」と私はお礼を言った。</p><p>「……紗奈のことも迎えに来たんだ。きっとここにいるだろうって思ったから」と彼が言う。</p><p>ここへくる前に彼宛のメッセージを送っておいたが、そこには私がどこにいるかを書いていなかったはずだ。</p><p>ただ、まぁちゃんのお迎えを代わりに行って欲しいとだけ頼んであった。</p><p>「よくここだってわかったね」と私は聞いた。</p><p>「紗奈が麻耶の迎えを頼むのは珍しいことだし、きっと昨日の喧嘩が原因だろうと思って……。そういう時はいつも、紗奈はここに来るから」</p><p>彼の話を聞いていて、彼は私のことをよく理解してくれているのだと感じた。</p><p>恋人だったころも含めれば、もう８年の付き合いになる。</p><p>改めて意識してみると、それはなんと長い時間だったことだろう。</p><p>それだけの時間を一緒に過ごしてきて、きっと彼は私の性格や行動の癖などもよく把握しているのだろう。</p><p>しかしその一方で、私には彼と同じくらい彼のことをちゃんと分かってあげられている自信がなかった。</p><p>いままでずっと彼のことを見てきたつもりだったけれど、私は自分のことで精一杯になってしまうことも多かったから、どうしても視野が狭くなることがあった。</p><p>だからいまでも彼と過ごしているなかで、私の知らない彼の一面を垣間見ることもある。</p><p>そしてそのたびに私は驚くとともに、実は彼のことを全然知らないないんじゃないかという不安に襲われた。</p><p>私は一体、彼の何を見てきたのだろうか、と……。</p><p>そんな思いに苛まれて自己嫌悪に陥る私に対しても、彼はいつもと変わらず優しく接してくれた。</p><p>しかし自分にはそんな彼の優しさを受ける資格なんてないような気がしてしまい、私はむしろ、もっと彼のことを理解しなければという焦燥感に駆られた。</p><p>「ごめんなさい。私のわがままでまぁちゃんのお迎えに行かせて、そのうえ私の迎えにまで来させちゃって……」</p><p>そう言って、私は目を伏せた。</p><p>「……いや、いいんだ。昨日のことは俺が悪かったから、本当にすまなかったと思ってる」と彼が私に謝る。</p><p>彼はいつもそうやって自分の過ちを素直に認め、私の行いを責めることもしなかった。</p><p>それなのに私は、内心では私みたいなめんどくさい人間にほとほとうんざりしているのかもしれないという妄想をしては、ひとり勝手に傷ついていた。</p><p>「ううん、私が悪いの。いつも全部私が悪いの……」</p><p>そう口にした途端、目頭がじわっと熱をもって、涙が一気に溢れ出た。<br></p><p>こぼれ落ちた水滴は、足元の乾いた石に落ちて黒く染まった。</p><p>「私はゆぅくんになんの相談もしないで仕事を辞めちゃったり、自分が出来損ないの人間だって感じて苦しくなってここに逃げてきたり、それなのにその後始末を全部ゆぅくんにさせちゃったり……。ぜんぶ、全部私がいけないの……だから……」</p><p>言葉が詰まってしまって、最後まで言い切ることができない。</p><p>彼は娘の手を離すと、私の震える肩にその手を乗せた。</p><p>彼の大きく骨ばった手の感触や体温が伝わってくると、私は少し落ち着きを取り戻した。</p><p>そして彼は腰をかがめ、私の頭を抱え込むようにしっかりと私を抱きしめた。</p><p>「そんなことない」と彼の声が耳元で聞こえる。</p><p>「俺も悪かった。紗奈が色々なものを抱えながらたくさん考えて決めたことだったのに、それを俺はちゃんとわかってあげられてなかった。そんな大事なことを相談しないで決めたってことが、俺のことを信頼してくれてないように思えて、俺は……紗奈を責めてしまった。まずは、大変な思いをして辛い決断をしたことを気遣ってあげるべきだったのに……。理由も聞かず、自分のことしか考えてなかった、出来損ないは俺のほうだよ」</p><p>そういって彼は、さらに強く私を抱きしめた。</p><p>それは少し痛いくらいだったが、その痛みはなぜか私を安心させた。</p><p>それから今まで溜め込んでいた想いが、まるでダムが決壊したように溢れ出し、私はその感情のままに声をあげながら泣きじゃくった。</p><p>私は止まらない涙をそのままに、彼の腰へと手をまわし、肩に顔を埋めるようにして抱きしめた。</p><p>彼の首筋から少し汗の混じった彼の匂いがしてきたが、私はその匂いを好きだと思った。</p><p>彼はなにも言わず、そっと私の頭を撫でていた。</p><p><br></p><p>そのまましばらく抱きしめ合っていると、痺れを切らした娘が帰りたそうにしはじめた。</p><p>「ねーえー、帰ろー？　まぁちゃん、お腹すいた！」と、娘が声を張り上げる。</p><p>私と彼はお互いにまわした腕を離し、娘のほうを向いた。</p><p>気がつくと日がだいぶ傾き、あたりも薄暗くなっている。<br></p><p>日が暮れたことで、泣いて腫れたまぶたや化粧の崩れたひどい顔を、娘にも彼にもはっきりと見られずに済むのは幸いだった。</p><p>「そうだな、ごめんまぁちゃん。お待たせ」と彼が娘に謝り、立ち上がる。</p><p>私も脇に置いていたチューハイの缶を拾い上げ立とうとすると、彼が手を差し伸べてくれた。</p><p>私はその手をとり、彼が引き上げてくれるままに立ち上がった。</p><p>「あのね、まぁちゃん、パパにいい子にしててねって言われたから、いい子に待ってたの。まぁちゃん、えらいー？」と、娘は褒めてくれと言わんばかりにニコニコしながら尋ねた。</p><p>「うん、えらいね。まぁちゃん、ちゃんといい子にできてたよ。えらい！」と娘の頭を撫でながら私が答えると、娘は私の顔を見てとても嬉しそうに微笑んだ。</p><p>彼が「じゃあ、帰ろうか」と、娘の手をとる。</p><p>すると娘は「ママはこっち！」と、空いているほうの手を私に差し出した。</p><p>私はその手をとり、そのやわらかい感触や少し高い体温に、夫のときとは違った安心感を覚えた。</p><p>私には愛する夫がいて、そして愛する娘がいる。</p><p>孤独なんて感じている暇はないのだと思った。</p><p>私たちに挟まれて両手を繋いでいる娘は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら「ジャンプする！　ジャンプ！」と言ってぴょんぴょんと飛び跳ねている。</p><p>私と彼は、娘の跳ぶタイミングを合わせて娘の手を上に引っ張りあげた。</p><p>私たちの腰くらいまで上がった娘の体を、今度はそのままゆっくりと地面に降ろす。</p><p>満足そうにきゃっきゃと笑い、「もっかい！　もーっかい！」とねだる娘。</p><p>そしてそれを見て優しく微笑む夫。</p><p>わたしの居場所は、ちゃんとここにある。</p><p>そう思うとまた溢れてきそうな涙をこらえて、私は彼と娘のほうを向いて言った。</p><p>「大好きだよ」</p><p>彼と娘が私のほうを見る。</p><p>「俺も……大好きだよ」と彼が照れたように笑んで答える。</p><p>「まぁちゃんも、ママだーいすきー！」と娘がニッと笑う。</p><p>そんなふたりに私も笑い返す。</p><p>堪えきれなかった涙がひとしずく私の頬を伝って口の中に入ったが、その涙は温かく、そしてなぜか甘かった。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[【遺書】 page.1]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5673842/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5673842</id><summary><![CDATA[僕は死にました。これを書いているときには生きていたのに、これが読まれるときには死んでしまっている。まるでこの手紙が僕の生と死の間を取り持っているようで、なんだか不思議な感じがします。けれど、手紙を読まなかったら僕が生きていることになるかというと、そうではないのが残念なところです。ー＊ー＊ー＊ーさて、これから書き記すことは自分が死んでしまったあとのことです。本来なら生きていた頃を振り返り、家族や恋人、友人などに感謝や愛情を伝えるべきなのかもしれませんが、僕はまず自分が死んだあとの世界を想像してみたい。こうやって生きているうちに（今はもう死んでいますが）自分の死後のことを想像する機会は、そう多くはありません。特にまだ若い世代であるほど、その機会は少ないのではないでしょうか。だから四半世紀程度生きたこのタイミングで一度、自分の死後に思いを馳せてみるのは、いい機会なのだと思います。それに人はいつ死んでしまうかわからないし。これを書いてる途中で死んでしまっても、それはちっとも不思議なことではありません。人の死とは早いか遅いかの違いはあれど、誰にでも平等に訪れることなのですから。それはつまり、人生の最期には必ず死がピリオドを打つ、ということです。ー＊ー＊ー＊ー僕の人生という物語も、死というピリオドできっと終わることでしょう。それは避けようのないことです。けれど、終わったのは僕の物語だけであって、同じ時に終わってしまった人たちを除けば、世界に存在するほとんどの人は、これからもそれぞれの物語を綴り続けていきます。そしてその物語の集まりが、世界という形を成して進行していくのです。しかし人の死というのはときに、残った人たちの物語に影響を及ぼすことがあります。それは、より親しい人間が相手であるほど顕著なことでしょう。親しい人間というのは、前述の家族や恋人、友人のことを指します。つまり、死に備えて感謝や愛情をあらかじめ書き残したいと思えるような存在のことです。さて僕の物語のピリオドは、彼らの物語にどういった影響を与えるのでしょうか。（いやそもそも、影響を与えられるほど僕は彼らにとって親しい存在だったのか、という疑問は残りますが）もしかしたら、いまこの手紙を読んでいるあなたは当事者、あるいは傍観者かもしれませんから「僕が死んだあとの世界はどんな感じですか？」と聞けばそれで済むのかもしれません。ー＊ー＊ー＊ー僕が死んだあとの世界はどんな感じですか？まずどうでしょう、僕は誰かの親しい存在になれていましたか？誰かが僕の死を悲しんでいましたか？知らせを聞いて、少しでも涙を流していましたか？心のどこかから僕という存在がいなくなって、そこに小さかったとしても空白ができたでしょうか？僕は誰かの物語になにか影響を及ぼせたのでしょうか？もしあなたが当事者なら、死んでもなお迷惑をかけ続ける僕をどうか許してください。僕のような無価値な存在が、あなたの物語に何かしらの影響を与えるなんて、おこがましいことですよね。 けれど、こんなことを言うのは良くないのかもしれませんが、誰であろうと、僕が死んでしまったことで悲しんだり、涙を流したり、あるいは心に空白ができたり。そういった影響を受けた人がいてくれたのなら、僕にはそれがどうしようもなく嬉しいのです。僕はそこに自分という存在の必要性を、そして下手なりに頑張って生きていた人生の意味を感じることができるからです。ホント無責任でひどい話ですよね。でももう一度言いますが、こんな不孝者で変わり者の僕をどうか許してください。そして出来るだけ早く、僕のことを忘れてほしい。僕はあなたの物語が僕のピリオドを乗り越えたその先まで、長く、そして永く続いてくれることを願っています。だから、僕とあなたはここでお別れです。僕はもうこの先へは行けないから。さようなら、僕の大切なひと。そして、どうぞお元気で。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2019-02-05T08:07:46+00:00</published><updated>2019-02-05T08:08:01+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>僕は死にました。</p><p>これを書いているときには生きていたのに、これが読まれるときには死んでしまっている。</p><p>まるでこの手紙が僕の生と死の間を取り持っているようで、なんだか不思議な感じがします。</p><p>けれど、手紙を読まなかったら僕が生きていることになるかというと、そうではないのが残念なところです。</p><p><br></p><p>ー＊ー＊ー＊ー</p><p><br></p><p>さて、これから書き記すことは自分が死んでしまったあとのことです。<br></p><p>本来なら生きていた頃を振り返り、家族や恋人、友人などに感謝や愛情を伝えるべきなのかもしれませんが、僕はまず自分が死んだあとの世界を想像してみたい。</p><p>こうやって生きているうちに（今はもう死んでいますが）自分の死後のことを想像する機会は、そう多くはありません。</p><p>特にまだ若い世代であるほど、その機会は少ないのではないでしょうか。</p><p>だから四半世紀程度生きたこのタイミングで一度、自分の死後に思いを馳せてみるのは、いい機会なのだと思います。</p><p>それに人はいつ死んでしまうかわからないし。</p><p>これを書いてる途中で死んでしまっても、それはちっとも不思議なことではありません。</p><p>人の死とは早いか遅いかの違いはあれど、誰にでも平等に訪れることなのですから。</p><p>それはつまり、人生の最期には必ず死がピリオドを打つ、ということです。</p><p><br></p><p>ー＊ー＊ー＊ー</p><p><br></p><p>僕の人生という物語も、死というピリオドできっと終わることでしょう。</p><p>それは避けようのないことです。</p><p>けれど、終わったのは僕の物語だけであって、同じ時に終わってしまった人たちを除けば、世界に存在するほとんどの人は、これからもそれぞれの物語を綴り続けていきます。</p><p>そしてその物語の集まりが、世界という形を成して進行していくのです。</p><p>しかし人の死というのはときに、残った人たちの物語に影響を及ぼすことがあります。</p><p>それは、より親しい人間が相手であるほど顕著なことでしょう。</p><p>親しい人間というのは、前述の家族や恋人、友人のことを指します。</p><p>つまり、死に備えて感謝や愛情をあらかじめ書き残したいと思えるような存在のことです。</p><p>さて僕の物語のピリオドは、彼らの物語にどういった影響を与えるのでしょうか。</p><p>（いやそもそも、影響を与えられるほど僕は彼らにとって親しい存在だったのか、という疑問は残りますが）</p><p>もしかしたら、いまこの手紙を読んでいるあなたは当事者、あるいは傍観者かもしれませんから「僕が死んだあとの世界はどんな感じですか？」と聞けばそれで済むのかもしれません。</p><p><br></p><p>ー＊ー＊ー＊ー</p><p><br></p><p>僕が死んだあとの世界はどんな感じですか？</p><p>まずどうでしょう、僕は誰かの親しい存在になれていましたか？</p><p>誰かが僕の死を悲しんでいましたか？</p><p>知らせを聞いて、少しでも涙を流していましたか？</p><p>心のどこかから僕という存在がいなくなって、そこに小さかったとしても空白ができたでしょうか？</p><p>僕は誰かの物語になにか影響を及ぼせたのでしょうか？</p><p>もしあなたが当事者なら、死んでもなお迷惑をかけ続ける僕をどうか許してください。</p><p>僕のような無価値な存在が、あなたの物語に何かしらの影響を与えるなんて、おこがましいことですよね。 </p><p>けれど、こんなことを言うのは良くないのかもしれませんが、誰であろうと、僕が死んでしまったことで悲しんだり、涙を流したり、あるいは心に空白ができたり。</p><p>そういった影響を受けた人がいてくれたのなら、僕にはそれがどうしようもなく嬉しいのです。</p><p>僕はそこに自分という存在の必要性を、そして下手なりに頑張って生きていた人生の意味を感じることができるからです。</p><p>ホント無責任でひどい話ですよね。</p><p>でももう一度言いますが、こんな不孝者で変わり者の僕をどうか許してください。</p><p>そして出来るだけ早く、僕のことを忘れてほしい。</p><p>僕はあなたの物語が僕のピリオドを乗り越えたその先まで、長く、そして永く続いてくれることを願っています。</p><p>だから、僕とあなたはここでお別れです。</p><p>僕はもうこの先へは行けないから。</p><p>さようなら、僕の大切なひと。</p><p>そして、どうぞお元気で。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[猿音ボボ]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5323277/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5323277</id><summary><![CDATA[UTAU音源：猿音ボボダウンロードは以下のリンクから]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T07:58:35+00:00</published><updated>2018-11-28T07:59:58+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>UTAU音源：猿音ボボ</p><p>ダウンロードは以下のリンクから</p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
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			<img src="https://static.amebaowndme.com/madrid-frontend/images/app/common/noimage.png" width="100%">
			<small><b>sarune_bobo.zip</b></small>
			<br>
			<small></small>
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		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『マグカップのように』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322258/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322258</id><summary><![CDATA[人差し指の先に赤い点が浮き上がり、徐々に大きくなっていく。陶器の破片で指を切ってしまったようだ。とりあえず傷口を軽く舐め、応急処置を施す。口の中でかすかに鉄の味がしたが、幸いそれほど深い傷ではないみたいで、血はすぐに止まった。それにしてもあっけなく割れてしまったものだなぁと、床に散らばったマグカップだったものを拾い集めながら思った。よく見たら、君がよく使っていたカエルのキャラクターが描かれているものだった。あの頃の彼女はなにを飲むにしても、とりあえずとこのマグカップを使っていたんじゃないだろうか。寝起きに飲む水や食事中のお茶、晩酌で買ってきたワインですら、彼女はこれに注いで飲んだ。どこがそんなに気に入っていたのだろうか。そういえば、彼女にこのカエルのキャラクターが好きなのか聞いたことがあったっけ……。「特にカエルが好きというわけじゃないのだけど、このカエルは好き。どこかあなたに似てる気がするの」と彼女は言った。どこらへんが似てるのか、彼女自身も「なんとなくそんな気がするだけよ」と言って、よくはわからないようだった。そのときはそういうものかと思って「ふぅん」と流してしまったけれど、いま改めて思い返してみると、どこか腑に落ちないようなわだかまりを胸の中に残しているような気がした。「またひとつ思い出を失ってしまったなぁ……」と僕は独り言つ。いつからか、僕は彼女との思い出を数えるようになっていた。例えば、君が使っていたマグカップだとか、僕に似ているカエルのキャラクターだとか、ふたりでよく行っていた交差点角の小さなパン屋さんだとか。見ただけで君のことを思い出す、なにか感じる、そんなモノや風景をみつけるたびに、僕は思い出の数を増やしていった。その一方で、こうしてマグカップを割ってしまったり、交差点角のパン屋さんが大手チェーンの牛丼屋になっていったりと、壊れ、変化していく世界が僕の中から思い出の数を減らしていった。そうやってこの壊れゆく世界の中で、僕は君を思い出すための糸口を少しずつ、でも着実に失っていくのだろう。そして最期には、思い出を持たない僕の存在自体がこの世界とともに壊れていき、終わりを迎える。それはきっと、バラバラに砕けてしまってもう元に戻ることのない、このマグカップのようにあっけない。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:16:56+00:00</published><updated>2018-11-28T05:17:29+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>人差し指の先に赤い点が浮き上がり、徐々に大きくなっていく。</div><div>陶器の破片で指を切ってしまったようだ。</div><div>とりあえず傷口を軽く舐め、応急処置を施す。</div><div>口の中でかすかに鉄の味がしたが、幸いそれほど深い傷ではないみたいで、血はすぐに止まった。</div><div>それにしてもあっけなく割れてしまったものだなぁと、床に散らばったマグカップだったものを拾い集めながら思った。</div><div>よく見たら、君がよく使っていたカエルのキャラクターが描かれているものだった。</div><div>あの頃の彼女はなにを飲むにしても、とりあえずとこのマグカップを使っていたんじゃないだろうか。</div><div>寝起きに飲む水や食事中のお茶、晩酌で買ってきたワインですら、彼女はこれに注いで飲んだ。</div><div>どこがそんなに気に入っていたのだろうか。</div><div>そういえば、彼女にこのカエルのキャラクターが好きなのか聞いたことがあったっけ……。</div><div>「特にカエルが好きというわけじゃないのだけど、このカエルは好き。どこかあなたに似てる気がするの」と彼女は言った。</div><div>どこらへんが似てるのか、彼女自身も「なんとなくそんな気がするだけよ」と言って、よくはわからないようだった。</div><div>そのときはそういうものかと思って「ふぅん」と流してしまったけれど、いま改めて思い返してみると、どこか腑に落ちないようなわだかまりを胸の中に残しているような気がした。</div><div>「またひとつ思い出を失ってしまったなぁ……」と僕は独り言つ。</div><div>いつからか、僕は彼女との思い出を数えるようになっていた。</div><div>例えば、君が使っていたマグカップだとか、僕に似ているカエルのキャラクターだとか、ふたりでよく行っていた交差点角の小さなパン屋さんだとか。</div><div>見ただけで君のことを思い出す、なにか感じる、そんなモノや風景をみつけるたびに、僕は思い出の数を増やしていった。</div><div>その一方で、こうしてマグカップを割ってしまったり、交差点角のパン屋さんが大手チェーンの牛丼屋になっていったりと、壊れ、変化していく世界が僕の中から思い出の数を減らしていった。</div><div>そうやってこの壊れゆく世界の中で、僕は君を思い出すための糸口を少しずつ、でも着実に失っていくのだろう。</div><div>そして最期には、思い出を持たない僕の存在自体がこの世界とともに壊れていき、終わりを迎える。</div><div>それはきっと、バラバラに砕けてしまってもう元に戻ることのない、このマグカップのようにあっけない。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『ひとひら エピローグ：永遠』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322251/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322251</id><summary><![CDATA[時間は常に一方向に流れているものだと、誰もがそう言う。そしてそれは不可逆なもので、戻すことはできないのだとも。でももし。もしも時間が流れを変えて、私の時を巻き戻したら。なんてことを、いつの頃からか考えるようになっていた。"余命は、もって半年です"医者からの余命宣告に、私はあまり動揺しなかった。亡くなった父親も心臓病が原因だったから、遺伝なのかもしれない。手術も難しいと言われ薬による治療をすることになったが、あまり効果があるとは言えないようだった。今日もいつものように見舞いに来てくれている妹のはるかには、私の余命のことを話していない。いらぬ心配をかけたくなくて、ずっと話さないでいたからだった。そんなはるかは私の傍でベッドを枕代わりに、かわいい寝息をたてながら静かに寝ている。私は妹を横目に、ベッドの上で背もたれ代わりの壁に寄りかかりながら、最近話題になっていた小説を読み進めていた。157ページ。たしかこの本は全部で314ページだったはずだから、ちょうど折り返しになる。ふとそのページのとある行が目に入った。”彼は彼女との時間を永遠にするために、呪文を唱えた"「セエカ・リク・ヨキト…」私は無意識に、そこに書かれていた呪文を声に出して読んでいた。二人の時間を永遠にするための呪文。そんなものあるはずがないとわかっていても、もしこれでこの時間が、はるかとの時間が永遠になればいいのにと、そう願わずにはいられなかった。「ん…」いまの声で起こしてしまったのか、はるかがベッドから顔を上げる。眠そうな顔で私の事を見上げてくるはるかがとても愛らしく思えるのと同時に、そんな妹の顔を見る事ができるのもそう長くはないのだと思うと、唐突に悲しさがこみ上げてきた。「あ、起きた」私は表情に感情が表れないようにと自然なふうを装い、読みかけの本を閉じると起きたばかりのはるかに微笑んだ。はるかは眠そうな顔で私を見ると、どこか安心したような表情になったような気がする。そして、「……変わってない…」そう小さな声で呟いたように聞こえた。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:14:53+00:00</published><updated>2018-11-28T05:16:09+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>時間は常に一方向に流れているものだと、誰もがそう言う。</div><div>そしてそれは不可逆なもので、戻すことはできないのだとも。</div><div>でももし。もしも時間が流れを変えて、私の時を巻き戻したら。なんてことを、いつの頃からか考えるようになっていた。</div><div><br></div><div>"余命は、もって半年です"</div><div>医者からの余命宣告に、私はあまり動揺しなかった。亡くなった父親も心臓病が原因だったから、遺伝なのかもしれない。手術も難しいと言われ薬による治療をすることになったが、あまり効果があるとは言えないようだった。</div><div>今日もいつものように見舞いに来てくれている妹のはるかには、私の余命のことを話していない。いらぬ心配をかけたくなくて、ずっと話さないでいたからだった。そんなはるかは私の傍でベッドを枕代わりに、かわいい寝息をたてながら静かに寝ている。</div><div>私は妹を横目に、ベッドの上で背もたれ代わりの壁に寄りかかりながら、最近話題になっていた小説を読み進めていた。157ページ。たしかこの本は全部で314ページだったはずだから、ちょうど折り返しになる。ふとそのページのとある行が目に入った。</div><div>”彼は彼女との時間を永遠にするために、呪文を唱えた"</div><div><br></div><div>「セエカ・リク・ヨキト…」</div><div><br></div><div>私は無意識に、そこに書かれていた呪文を声に出して読んでいた。二人の時間を永遠にするための呪文。そんなものあるはずがないとわかっていても、もしこれでこの時間が、はるかとの時間が永遠になればいいのにと、そう願わずにはいられなかった。</div><div>「ん…」</div><div>いまの声で起こしてしまったのか、はるかがベッドから顔を上げる。眠そうな顔で私の事を見上げてくるはるかがとても愛らしく思えるのと同時に、そんな妹の顔を見る事ができるのもそう長くはないのだと思うと、唐突に悲しさがこみ上げてきた。</div><div>「あ、起きた」</div><div>私は表情に感情が表れないようにと自然なふうを装い、読みかけの本を閉じると起きたばかりのはるかに微笑んだ。</div><div>はるかは眠そうな顔で私を見ると、どこか安心したような表情になったような気がする。そして、</div><div>「……変わってない…」</div><div>そう小さな声で呟いたように聞こえた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『ひとひら 後編：夢幻』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322235/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322235</id><summary><![CDATA[安らかな表情で眠る姉の頬に、私は額を寄せた。今は何回めだろうか。数十までは覚えていたが、そのうちそれが無意味に思えてしまい数えるのをやめてしまった。はっきりと言えることは、こうして繰り返された姉の死が確実に私の心を蝕んでいるということだ。「もういい…もういいよ…」私の瞳からは悲しみからではない涙が溢れ、滴り落ちたそれは姉の枕を濡らし続ける。繰り返されるこの時間を、最初は少なからず喜んでいたはずだったのに。死んでしまった姉が、ひと眠りもすれば生きていた頃のまま、ベットの上から私を優しく見つめていてくれる。それは奇跡以外のなにものでもなかったが、奇跡は繰り返し起こることでその意義を失ってしまうらしい。はじめはこの現象が永遠に続くようにするために、自分はなにをすればいいのか考えていたのに、気づけば繰り返しを終わらせるためにはなにをすればいいのかと、思考が切り替わっていた。どうして時間がループするようになってしまったのか。いろいろな原因を考えてはみたが、思い当たることはなにもない。「ごめんね。」自分がなにを謝っているのかはわからない。しかし、開いた口から最初に出てきた言葉はそれだった。「もう終わりにしたいの」これが私の本心だろう。繰り返しの終わりが姉の完全な死を意味すると知っていても、私はそれを望んでいる。願っている。私はそのことを謝っていたのだ額を離し顔を上げると、静かに立ち上がり窓際へと移動する。5階にある姉の病室からは病院の中庭が一望することができた。窓を開けると昼間の暑さを引きずったような生暖かい風が吹き込んできて、まだ涙で濡れている私の頬をなでる。近くにあった椅子を手前に動かすと、律儀に靴を脱ぎその上へと乗った。窓のサッシが足元とそう離れていない距離にまで近づき、いつもより高くなった視点から見える空には星が瞬いている。そのまま、ゆっくりと足を前へ進める。そこは束縛のない自由な空間。解放を約束するように、踏み出した一歩はとても軽く、しかし身体はその歩みに従い動いた。一瞬自分は宙を歩いているのではないかと感じたが、それも束の間、身体ごと落ちていく感覚とともに意識は薄くなり、やがて遠のいた。目が覚めたのは病室だった。夏の香りが色濃くなった初夏の昼時。外の暑さを主張するように日が鋭く差し込んでいるのが、病室のカーテン越しにもわかる。閉じた窓の代わりに、冷房機から吐き出される少し埃臭い冷風が涼しさを運び、室温は肌寒さを感じるほどだった。「あ、目が覚めましたか？」静かに目を開けた私を横から覗き込むように、看護師らしい人がこちらを見ている。しばらくすると、白衣を着た担当医らしい男性がやってきて、幾つか質問すると”大きな異常はなさそうだ"と言って、安心した表情を浮かべた。結局、窓から飛び降りた自分は死ねなかったのだと、しばらくして理解した。ふと、ベットの横に置かれた机の上に乗っている電子時計のカレンダーが視界に入る。日付は繰り返されていた姉の命日から、二日が過ぎていることを表している。涙が前触れなく流れ出て、私はそれを手の甲でそっとぬぐう。繰り返されたあの日は今や過去となり、同時にそれは姉が死んでしまったということも意味していた。自分があれほど望んでいた終わりだったはずなのに、初めて姉の死に直面した時以上の悲しさと、もう姉に会うことができない寂しさがどっとこみ上げてくる。もう少し寝ようか。静かに目を閉じる。もしかすれば次に目が覚めたときには、姉がいつものようにベッドの上からこちらを見て微笑んでいてくれるのではないかと。そんな淡い期待を胸に抱きながら。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:13:05+00:00</published><updated>2018-11-28T05:14:36+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>安らかな表情で眠る姉の頬に、私は額を寄せた。</div><div>今は何回めだろうか。数十までは覚えていたが、そのうちそれが無意味に思えてしまい数えるのをやめてしまった。はっきりと言えることは、こうして繰り返された姉の死が確実に私の心を蝕んでいるということだ。</div><div><br></div><div>「もういい…もういいよ…」</div><div>私の瞳からは悲しみからではない涙が溢れ、滴り落ちたそれは姉の枕を濡らし続ける。</div><div>繰り返されるこの時間を、最初は少なからず喜んでいたはずだったのに。死んでしまった姉が、ひと眠りもすれば生きていた頃のまま、ベットの上から私を優しく見つめていてくれる。それは奇跡以外のなにものでもなかったが、奇跡は繰り返し起こることでその意義を失ってしまうらしい。</div><div>はじめはこの現象が永遠に続くようにするために、自分はなにをすればいいのか考えていたのに、気づけば繰り返しを終わらせるためにはなにをすればいいのかと、思考が切り替わっていた。どうして時間がループするようになってしまったのか。いろいろな原因を考えてはみたが、思い当たることはなにもない。</div><div><br></div><div>「ごめんね。」</div><div><br></div><div>自分がなにを謝っているのかはわからない。しかし、開いた口から最初に出てきた言葉はそれだった。</div><div>「もう終わりにしたいの」</div><div>これが私の本心だろう。繰り返しの終わりが姉の完全な死を意味すると知っていても、私はそれを望んでいる。願っている。</div><div>私はそのことを謝っていたのだ</div><div>額を離し顔を上げると、静かに立ち上がり窓際へと移動する。5階にある姉の病室からは病院の中庭が一望することができた。窓を開けると昼間の暑さを引きずったような生暖かい風が吹き込んできて、まだ涙で濡れている私の頬をなでる。</div><div>近くにあった椅子を手前に動かすと、律儀に靴を脱ぎその上へと乗った。窓のサッシが足元とそう離れていない距離にまで近づき、いつもより高くなった視点から見える空には星が瞬いている。</div><div>そのまま、ゆっくりと足を前へ進める。そこは束縛のない自由な空間。解放を約束するように、踏み出した一歩はとても軽く、しかし身体はその歩みに従い動いた。一瞬自分は宙を歩いているのではないかと感じたが、それも束の間、身体ごと落ちていく感覚とともに意識は薄くなり、やがて遠のいた。</div><div><br></div><div>目が覚めたのは病室だった。</div><div>夏の香りが色濃くなった初夏の昼時。外の暑さを主張するように日が鋭く差し込んでいるのが、病室のカーテン越しにもわかる。閉じた窓の代わりに、冷房機から吐き出される少し埃臭い冷風が涼しさを運び、室温は肌寒さを感じるほどだった。</div><div>「あ、目が覚めましたか？」</div><div>静かに目を開けた私を横から覗き込むように、看護師らしい人がこちらを見ている。しばらくすると、白衣を着た担当医らしい男性がやってきて、幾つか質問すると”大きな異常はなさそうだ"と言って、安心した表情を浮かべた。</div><div>結局、窓から飛び降りた自分は死ねなかったのだと、しばらくして理解した。ふと、ベットの横に置かれた机の上に乗っている電子時計のカレンダーが視界に入る。日付は繰り返されていた姉の命日から、二日が過ぎていることを表している。</div><div>涙が前触れなく流れ出て、私はそれを手の甲でそっとぬぐう。繰り返されたあの日は今や過去となり、同時にそれは姉が死んでしまったということも意味していた。自分があれほど望んでいた終わりだったはずなのに、初めて姉の死に直面した時以上の悲しさと、もう姉に会うことができない寂しさがどっとこみ上げてくる。</div><div><br></div><div>もう少し寝ようか。静かに目を閉じる。</div><div>もしかすれば次に目が覚めたときには、姉がいつものようにベッドの上からこちらを見て微笑んでいてくれるのではないかと。そんな淡い期待を胸に抱きながら。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『ひとひら 前編：回帰』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322226/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322226</id><summary><![CDATA[目が覚めたのは病室だった。夏の香りが色濃くなった初夏の昼時。外の暑さを主張するように日が鋭く差し込んでいるのが、病室のカーテン越しにもわかる。閉じた窓の代わりに、冷房機から吐き出される少し埃臭い冷風が涼しさを運び、室温は肌寒く感じるほどだった。「あ、起きた」眠気まなこで顔を上げた私をベッドの上から見下ろすように、姉のゆかりが微笑みながらこちらを見ている。「ごめん、寝ちゃってたみたい」「ぐっすり眠ってたよ。１時間くらい」そう言う姉の手元には先ほどまで読んでいたのだろう、最近話題になっていたタイムリープものの小説が開かれていた。157ページ。ちょうどその本の半分に当たるページ数だったはずだ。「はるかが寝てる間に、こんなに読み進めちゃった。157ページ。ちょうどこの本の半分」そういうと、開いていたページを私の方に見せてきた。「……変わってない…」私は、安堵のため息を漏らして目を閉じる。”どうしたの？”と姉は私の顔を覗き込んできたが、笑顔で”なんでもないよ”と返すと、それほど気にした様子はなかった。姉は本に栞を挟み閉じると、そろそろお昼ご飯の時間だからと言って、私がどうするのかを窺っているようだった。「今日はこのあと予定があるから、また明日来るね」明日とはいつだろうか。両手で数えられなくなってきた頃から、この繰り返しの日々を現実として認識するようになっていた。目が覚めるのも眠りにつくのも同じ病室。姉は決まって心臓病が悪化して、日付を超えるころに死んでしまう。「そういえば、明日はるかの誕生日でしょ？」と、姉は思い出したかのように話を切り出した。「そういえば、そうだった」わざとらしくとぼけてみせるが、実際ははっきりと覚えている。もし”明日”が来れば、私はちょうど20歳の誕生日を迎えるのだ。姉は”プレゼントを用意しておくから”と言って、ニコニコと嬉しそうに笑う。その見慣れた笑顔が、繰り返された時間を過ごしてきた私にとっての救いであり、同時に物悲しさを感じさせた。「明日は学校があるから、夕方くらいにくるね」そう言って私は立ち上がり、姉に手を振ると病室を後にした。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:11:56+00:00</published><updated>2018-11-28T05:12:59+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>目が覚めたのは病室だった。</div><div><br></div><div>夏の香りが色濃くなった初夏の昼時。</div><div>外の暑さを主張するように日が鋭く差し込んでいるのが、病室のカーテン越しにもわかる。閉じた窓の代わりに、冷房機から吐き出される少し埃臭い冷風が涼しさを運び、室温は肌寒く感じるほどだった。</div><div>「あ、起きた」</div><div>眠気まなこで顔を上げた私をベッドの上から見下ろすように、姉のゆかりが微笑みながらこちらを見ている。</div><div>「ごめん、寝ちゃってたみたい」</div><div>「ぐっすり眠ってたよ。１時間くらい」</div><div>そう言う姉の手元には先ほどまで読んでいたのだろう、最近話題になっていたタイムリープものの小説が開かれていた。157ページ。ちょうどその本の半分に当たるページ数だったはずだ。</div><div>「はるかが寝てる間に、こんなに読み進めちゃった。157ページ。ちょうどこの本の半分」</div><div>そういうと、開いていたページを私の方に見せてきた。</div><div>「……変わってない…」</div><div>私は、安堵のため息を漏らして目を閉じる。</div><div>”どうしたの？”と姉は私の顔を覗き込んできたが、笑顔で”なんでもないよ”と返すと、それほど気にした様子はなかった。姉は本に栞を挟み閉じると、そろそろお昼ご飯の時間だからと言って、私がどうするのかを窺っているようだった。</div><div>「今日はこのあと予定があるから、また明日来るね」</div><div>明日とはいつだろうか。両手で数えられなくなってきた頃から、この繰り返しの日々を現実として認識するようになっていた。目が覚めるのも眠りにつくのも同じ病室。姉は決まって心臓病が悪化して、日付を超えるころに死んでしまう。</div><div>「そういえば、明日はるかの誕生日でしょ？」</div><div>と、姉は思い出したかのように話を切り出した。</div><div>「そういえば、そうだった」</div><div>わざとらしくとぼけてみせるが、実際ははっきりと覚えている。もし”明日”が来れば、私はちょうど20歳の誕生日を迎えるのだ。姉は”プレゼントを用意しておくから”と言って、ニコニコと嬉しそうに笑う。その見慣れた笑顔が、繰り返された時間を過ごしてきた私にとっての救いであり、同時に物悲しさを感じさせた。</div><div>「明日は学校があるから、夕方くらいにくるね」</div><div>そう言って私は立ち上がり、姉に手を振ると病室を後にした。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『見えない友達』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322217/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322217</id><summary><![CDATA[僕はいつも一人じゃなかった。部屋にいる時も、ご飯を食べる時も、トイレの時でさえ、ずっと僕のそばにいる。彼らは3人いて、小さい男の子と、その子より少し大きい女の子、そして僕くらいの歳の少年だ。彼らの声は僕には聞こえず、いつも僕の顔を見て、何を言っているのか、口をパクパクさせているのを眺めていた。「聞こえないよ」彼らに聞こえているのかはわからないが、時々僕は音のない声に返事をした。そんな日々を送っていると、ある時から僕と同じ歳くらいの少年が、僕のことを見なくなった。まるで見えていないかのように。それからまた時間は過ぎて、今度は女の子も僕のことを見なくなった。もう僕と声のないおしゃべりをするのは、僕と同じ歳くらいになった男の子だけになっていた。そしてついに、そんな男の子でさえも僕のことを見なくなり、僕はひとりぼっちになった。気づけばいつのまにか、小さな男の子は、僕よりもずっと大きな少年になっていた。僕は誰もいなくなった子供部屋で横になり、机の横の壁に目をやった。そこには楽しそうに笑いあう3人の兄弟とその両親、そして隅っこに小さな男の子が描かれた画用紙が貼られていた。小さな男の子の顔は、微笑んでいるようであったが、なぜかどこか物悲しい様に感じた。僕はそれを見ると、絵の男の子みたいに微笑み、静かに目を閉じた。絵に描かれていたはずの小さな男の子は、幸せそうな5人の家族を残して消えてしまっていた。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:09:58+00:00</published><updated>2018-11-28T05:11:09+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>僕はいつも一人じゃなかった。</div><div>部屋にいる時も、ご飯を食べる時も、トイレの時でさえ、ずっと僕のそばにいる。</div><div>彼らは3人いて、小さい男の子と、その子より少し大きい女の子、そして僕くらいの歳の少年だ。</div><div>彼らの声は僕には聞こえず、いつも僕の顔を見て、何を言っているのか、口をパクパクさせているのを眺めていた。</div><div>「聞こえないよ」</div><div>彼らに聞こえているのかはわからないが、時々僕は音のない声に返事をした。</div><div>そんな日々を送っていると、ある時から僕と同じ歳くらいの少年が、僕のことを見なくなった。まるで見えていないかのように。</div><div>それからまた時間は過ぎて、今度は女の子も僕のことを見なくなった。</div><div>もう僕と声のないおしゃべりをするのは、僕と同じ歳くらいになった男の子だけになっていた。</div><div>そしてついに、そんな男の子でさえも僕のことを見なくなり、僕はひとりぼっちになった。</div><div>気づけばいつのまにか、小さな男の子は、僕よりもずっと大きな少年になっていた。</div><div>僕は誰もいなくなった子供部屋で横になり、机の横の壁に目をやった。</div><div>そこには楽しそうに笑いあう3人の兄弟とその両親、そして隅っこに小さな男の子が描かれた画用紙が貼られていた。</div><div>小さな男の子の顔は、微笑んでいるようであったが、なぜかどこか物悲しい様に感じた。</div><div>僕はそれを見ると、絵の男の子みたいに微笑み、静かに目を閉じた。</div><div><br></div><div>絵に描かれていたはずの小さな男の子は、幸せそうな5人の家族を残して消えてしまっていた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『アキちゃんのミカン』 ]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322209/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322209</id><summary><![CDATA[アキちゃんは隣の家に住んでいる。 僕が家の前でアキちゃんを呼ぶと、はぁーいーと、穏やかな声で返事が返ってくる。 しばらくすると玄関の扉が開いて、ゆっくりとした足取りで出てきた。 「タケちゃん、どうしたの？」 優しい笑顔のアキちゃんは、僕よりちょっと背が高いので、軽く見下ろすようにして尋ねてくる。 「おミカンちょうだい！」 アキちゃん家の庭にはミカンの木があって、いつも採れたミカンを僕にくれる。これが甘くてほっぺが落ちるほど美味しいのだ。 「はいはい。ちょっと待っててね」 アキちゃんは家の中に戻り、しばらくするとスーパーの袋に入ったたくさんのミカンを持って出てくる。 「ありがとう！」 僕は抜けたばかりの前歯が見えるほど、大きく笑った。それを見てアキちゃんもニコニコと笑った。それからいく年か経ち、僕は中学生になった。勉強は難しかったが、友達もたくさん出来、忙しい毎日を過ごしていた。そんな日々のなか、いつしかアキちゃんにミカンをもらいに行くこともなくなり、アキちゃんと会うことさえもなくなっていた。 そうして僕が高校生になる頃、アキちゃんは亡くなってしまった。アキちゃんと一緒に住んでいた孫夫婦が、訃報を伝えに僕の家に来た。老衰だったそうだ。 数日後、アキちゃんの葬式が営まれた。最後に会った時に比べて髪の毛は真っ白になり、顔の皺も増えたように見えた。横になったアキちゃんは、いつも背中を曲げてトボトボ歩いていた時よりも背が高くなったようだった。 「タケくん」 部屋の奥にいた孫夫婦のおばさんが僕を呼び止めた。 「アキおばあちゃんね、死ぬ最後の時までタケくんにこれを渡したがってたの。」 そう言うと僕の手にミカンを1つ置いた。 「タケちゃんはミカンが大好きだから、タケちゃんの笑顔、もう一度見たいからって…」 最後まで言い切らぬうちに、おばさんは目から涙を流し、部屋の奥へと戻っていった。 一人残された僕は部屋を抜け出すと、アキちゃん家の庭先へと出た。ちょうど季節が終わり、実のなくなった木を眺めながら渡されたミカンの皮を剥くと、一粒口に入れた。 その味は昔と変わらず、甘くてほっぺが落ちるほど美味しく、そしてなぜか、塩辛かった。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:08:12+00:00</published><updated>2018-11-28T05:09:53+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>アキちゃんは隣の家に住んでいる。&nbsp;</div><div>僕が家の前でアキちゃんを呼ぶと、はぁーいーと、穏やかな声で返事が返ってくる。&nbsp;</div><div>しばらくすると玄関の扉が開いて、ゆっくりとした足取りで出てきた。</div><div>&nbsp;「タケちゃん、どうしたの？」&nbsp;</div><div>優しい笑顔のアキちゃんは、僕よりちょっと背が高いので、軽く見下ろすようにして尋ねてくる。</div><div>&nbsp;「おミカンちょうだい！」&nbsp;</div><div>アキちゃん家の庭にはミカンの木があって、いつも採れたミカンを僕にくれる。これが甘くてほっぺが落ちるほど美味しいのだ。</div><div>&nbsp;「はいはい。ちょっと待っててね」&nbsp;</div><div>アキちゃんは家の中に戻り、しばらくするとスーパーの袋に入ったたくさんのミカンを持って出てくる。&nbsp;</div><div>「ありがとう！」&nbsp;</div><div>僕は抜けたばかりの前歯が見えるほど、大きく笑った。それを見てアキちゃんもニコニコと笑った。</div><div><br></div><div>それからいく年か経ち、僕は中学生になった。勉強は難しかったが、友達もたくさん出来、忙しい毎日を過ごしていた。そんな日々のなか、いつしかアキちゃんにミカンをもらいに行くこともなくなり、アキちゃんと会うことさえもなくなっていた。&nbsp;</div><div>そうして僕が高校生になる頃、アキちゃんは亡くなってしまった。</div><div>アキちゃんと一緒に住んでいた孫夫婦が、訃報を伝えに僕の家に来た。老衰だったそうだ。 数日後、アキちゃんの葬式が営まれた。最後に会った時に比べて髪の毛は真っ白になり、顔の皺も増えたように見えた。横になったアキちゃんは、いつも背中を曲げてトボトボ歩いていた時よりも背が高くなったようだった。&nbsp;</div><div>「タケくん」&nbsp;</div><div>部屋の奥にいた孫夫婦のおばさんが僕を呼び止めた。</div><div>&nbsp;「アキおばあちゃんね、死ぬ最後の時までタケくんにこれを渡したがってたの。」&nbsp;</div><div>そう言うと僕の手にミカンを1つ置いた。</div><div>&nbsp;「タケちゃんはミカンが大好きだから、タケちゃんの笑顔、もう一度見たいからって…」&nbsp;</div><div>最後まで言い切らぬうちに、おばさんは目から涙を流し、部屋の奥へと戻っていった。&nbsp;</div><div>一人残された僕は部屋を抜け出すと、アキちゃん家の庭先へと出た。ちょうど季節が終わり、実のなくなった木を眺めながら渡されたミカンの皮を剥くと、一粒口に入れた。 その味は昔と変わらず、甘くてほっぺが落ちるほど美味しく、そしてなぜか、塩辛かった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『娘の誕生日』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322195/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322195</id><summary><![CDATA[花子は今日で5歳になる。愛する我が子のために、あの子の好きなショートケーキと、最近また新しく始まった、日曜朝のアニメ番組で出てくる"魔法のステッキ"とやらを買って帰る。これが意外に痛い出費なのだが、あの子の笑顔が見れるなら安いものだ。家に帰ると妻が玄関で出迎えてくれた。「おかえりなさい」と、最近寝不足なのか、少しやつれている顔で微笑んでくれる。「ただいま」そう返事すると、かかとがすり減り始めた革靴を脱ぎ、丁寧に揃えた。キッチンからは、娘のために妻が頑張っただろう手料理の匂いが、玄関まで漂ってきていた。ケーキを妻に渡し、書類の入ったカバンを自室に軽く放ると、プレゼントの入った紙袋を持って、娘のいるリビングへと早歩きで向かった。「パパ、おかえり！」そう聞こえた気がした。部屋の隅に置かれた小さな仏壇の前に腰を下ろし、綺麗に包装された"魔法のステッキ"を写真立ての横に置くと、鈴を軽くチーンと鳴らした。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T05:04:38+00:00</published><updated>2018-11-28T05:07:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>花子は今日で5歳になる。</div><div>愛する我が子のために、あの子の好きなショートケーキと、最近また新しく始まった、日曜朝のアニメ番組で出てくる"魔法のステッキ"とやらを買って帰る。</div><div>これが意外に痛い出費なのだが、あの子の笑顔が見れるなら安いものだ。</div><div>家に帰ると妻が玄関で出迎えてくれた。</div><div>「おかえりなさい」</div><div>と、最近寝不足なのか、少しやつれている顔で微笑んでくれる。</div><div>「ただいま」</div><div>そう返事すると、かかとがすり減り始めた革靴を脱ぎ、丁寧に揃えた。</div><div>キッチンからは、娘のために妻が頑張っただろう手料理の匂いが、玄関まで漂ってきていた。</div><div>ケーキを妻に渡し、書類の入ったカバンを自室に軽く放ると、プレゼントの入った紙袋を持って、娘のいるリビングへと早歩きで向かった。</div><div>「パパ、おかえり！」</div><div>そう聞こえた気がした。</div><div><br></div><div>部屋の隅に置かれた小さな仏壇の前に腰を下ろし、綺麗に包装された"魔法のステッキ"を写真立ての横に置くと、鈴を軽くチーンと鳴らした。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[『クラウモノ』]]></title><link rel="alternate" href="https://oboburas.themedia.jp/posts/5322155/"></link><id>https://oboburas.themedia.jp/posts/5322155</id><summary><![CDATA[裸電球一つで照らされただけのほの暗い監房の中で、一人の男が薄汚れた二段ベッドの下の段で、右ももの上に右肘をつくようにして座っていた。男には左の肩から下の腕がなかった。その体勢から微動だにしない男の息遣いは、監房の暗闇に溶け込むように静かで、死に際の病人のようにか細かった。そんな完成された静寂を打ち破るように、看守の怒号があたり一面に響き渡った。「6番を開けろ」看守がはっきりとした声で指示を出すと、男のいる監房の鉄格子が、使い古されたブザーが鳴ると同時に耳障りな音を発しながら開いた。「新入りだ。今日から6番で生活してもらう。」そう言って看守とともに現れたのは、まだ10代の幼さを顔に残す少年だった。看守は鉄格子の向かいにある男の座っている二段ベッドの正面に、男と向き合うように少年を下ろした。「こいつは記憶喪失でな。ここに来るまでの記憶がない。迷惑をかけるかもしれないが、まぁ仲良くしろ。」看守はそう言い放つと、監房の外から鉄格子を勢いよく閉めた。あまりにも勢いがよかったため、鉄格子と壁がぶつかり大きな衝突音を発した。少年は背後で鳴ったその音にひどく驚いたようだったが、振り向きはしなかった。看守がいなくなると、監房には再び静寂が訪れた。男の消えるような息遣いに対して、少年は呼吸が乱れ、表情からは不安の感情が読み取れた。おそらく緊張と恐怖によるものだろう。こんな鉄格子とコンクリートで囲まれた薄暗い部屋で、知らない男と2人きりにされれば当然といえるだろう。しばらくして少年の息遣いが安定してきたのを見計らうと、男は口を開いた。「お前さんいくつだ？」男の突然の問いかけに少年はひどく驚き、怯えた目で男のほうを見た。少年の呼吸は再び乱れていた。またしばらくして少年の呼吸が徐々に整い始めると、「18です」と消え入りそうな声で答えが返ってきた。少年の歳は見た目相応といったところだった。「記憶がないのか？」男は先ほど看守が言っていた少年についての話を思い出しながら、再び問いかけた。「…はい。ここに来るまでの記憶がないんです、何も…。」少年は記憶がないことがもどかしいのか、悩ましげな表情で答えた。少年は自分がどのような罪でここに収監されたのかも、まったく覚えていないようだった。それどころか自分の名前さえも覚えていなかった。男は少年が何の罪で収監されたか覚えていないという話に、ちょっとした興味とある種のいたずら心が湧いてきた。男は暇つぶしの遊び相手にこの少年を利用しようと思い立った。「じゃあお前さんは、いまこの監獄の外の世界がどうなっているか、まったく知らんというわけだな？」男の含みのある質問に、少年はいぶかしげな表情をした。「い、いま、外の世界では…なにか起こっているんですか…？」少年は男の思惑通りに、監房の外の世界でいま起こっている出来事について尋ねた。男は少年の問いかけを受け、数年前、まだ男がここに収監されるまえに見た外の世界の記憶を呼び起こしていた。「これは、俺がここに収監される1年前の話だ」男はどこにでもいるようなサラリーマンだった。毎日9時には出社し、病気で仕事を休むこともなく、業績も能力もそこそこで、これといって秀でても劣ってもいない、平凡な人間だった。そんな、代わり映えのしない日常を過ごしていたある日のこと、とあるニュースが世間を震撼させた。『○○製薬が死人を蘇らせる薬”modar(medicine of death and rebirth)”の開発に成功』このニュースは感染病のように瞬く間に広がった。modarは臨床試験ののち指定の薬局で一般に販売され始めるようになり、人々はその効能を試さんと、血眼になって薬局を探し、薬を求めた。実際にmodarは、死んで間もない人に投与することで効果を発揮し、蘇った。テレビはこれを大々的に報道し、蘇った人のことを”再生した人”、”再人(さいと)”と名付けた。再人は生前の記憶をしっかり持っており、一般的に知られたゾンビのように腐敗することもなく、歳もとる。再人と一般人との大きな違いは見受けられなかった。ただ一つを除いては…。事件は、modarが出回り始めて3日と経たないうちに起きた。都内で最初の再人が通勤中に、同じ電車に乗っていた一般人を噛み殺したというものだった。事件はこれだけでは終わらない。その後、続々と再人による噛みつき事件が報告され、その上、再人に噛みつかれ死んだ人が今度は再人となり人を襲い始めたのだ。とらえられた再人は意識もしっかりしており、自分が人を襲ったことも覚えていた。調べを進めると、彼らはみな人としての意識がありながら、人を食べたいという食欲にあらがうことができず、結果、人を襲うということだった。これがmodarにおける唯一であり、最悪の副作用となった。政府はすぐにmodarの販売を中止させ、再人となった人の一掃に踏み出した。しかし、再人は死ぬ前の記憶や人としての意識を持っていたことから、再人は人間であると主張する政治家や団体が現れた。その多くが身内に再人がいる人間や、再人自身であった。結果的に政府は、再人を然るべき手続きを踏んだうえで、一般人とは別の生活区域に移住させ、一般人との直接の接触をできる限り避けさせる取り決めをした。再人はみな政府の決めた隔離された生活領域に移住させられ、24時間体制で監視され、行動を制限された中、再び死ぬまでそこで生活させられることとなった。しかし、再人も自分たちの意思を持っているため、生活区域に移住を拒む者や、テロを起こす者まで現れ、すべての再人を収監することは困難を極めた。また、政府による再人の詳細な研究の結果、彼らは歳をとるが、身体の部位を欠損しても死ぬことはないということが判明した。政府もこれには対処に困り、最終的に一般人の平均年齢に達した再人は安楽死させるという決定に至った。その頃、移住の逃れていた再人がこうして社会は混乱のなか、平穏さを取り戻そうと動き出していった。男が監房の外の世界がどうなっているかを少年に話し終えると、少年は驚きと恐怖で顔をひきつらせていた。「そんなことになっていたなんて…」少年は自分の知らない外の事情を知り、改めて衝撃を受けた様子だった。男はベッドの上に座りなおすと、少年に問いかけた。「俺の左腕がないのは見てわかるな？」男の質問の意図が分からず、少年は疑問気に男を見つめた。「それだけじゃねえんだわ」男は少年が瞬きしたのを確認すると、おもむろに着ていたシャツを脱いだ。男がシャツを脱いだ姿に少年は嗚咽をこらえることができなかった。男のみぞおちは、向こうのコンクリート壁が見えるほど大きくえぐれていた。「移住を逃れ、デモ活動を繰り返した再人は、死なないのをいいことに、政府は武力を行使してねじ伏せるようになっていった。その最たる例がこれだ。」男はえぐれた腹部を指先でなぞると、少年を見据えた。「それってつまり…」少年は男が語った話を思い出していた。『再人は部位を欠損しても死なない』そして『再人は一般人を噛み殺す』少年は目の前の男が再人であることを確信した。そして、再人は一般人を噛み殺す。つまりは喰われるということだ。少年は状況を飲み込むことはできたが、腰が抜けてしまったのか、身体がまったく動かすことができなかった。少年の顔はみるみるうちに恐怖に塗りつぶされ、極度の緊張から瞼が痙攣し始めた。「助けてくれ！この男は再人だ！！」少年は薄ら笑いを浮かべた男の顔を凝視しながら、必死の思いで出せる限りの大声で叫んだ。すると、近くにいた看守が少年の叫び声を聞いて様子を見に来たのか、背後で革靴特有の硬い靴底のあたる足音が聞こえてきた。少年は目の前にいる再人の男を一刻も早くどうにかしてほしいと、「早くしてくれ」と何度も叫んだ。少年は足音から看守が監房の鉄格子の前まで来たのがわかった。少年は助かったと思い、うれし涙が零れ落ちた。しかし、少年の喜びに反し、看守は何をするわけでもなく、軽く鼻で笑うのが聞こえるとそのまま足音は遠ざかって行ってしまった。少年は看守が遠ざかる足音を聞き、絶望感に襲われた。頭のおかしくなった罪人の戯言だとでも思われ信じてもらえなかったのか、はたまたゾンビは手に負えないからと監房に閉じ込めておこうと判断したのか。どちらにしろ、自分は見捨てられたのだと理解すると、さきほどとは違い、今度は殺されるという恐怖や絶望から涙が溢れ出した。看守がいなくなったのを確認したのか、男は少年の後ろに軽く目をやり、それからおもむろにベッドから腰を浮かせると、少年の頭部に右手を伸ばした。男の手が少年の髪の毛をわしづかみにした。喰われる。少年はそう思ったが、相変わらず身体は動かず、ただ涙を流しながら目を固く閉じ祈ることしかできなかった。次の瞬間、男は少年の頭部を引っ張り上げた。少年は男に引っ張られ頭部が宙に浮く感覚とそれについてこない胴体の感覚に違和感があった。そう、少年には首から下の身体が存在していなかったのだ。男は、いたずらが成功した子供のように、無邪気であどけない笑顔を浮かべていた。]]></summary><author><name>oboburas</name></author><published>2018-11-28T04:57:39+00:00</published><updated>2018-11-28T05:01:47+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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