『マグカップのように』2018.11.28 05:16人差し指の先に赤い点が浮き上がり、徐々に大きくなっていく。陶器の破片で指を切ってしまったようだ。とりあえず傷口を軽く舐め、応急処置を施す。口の中でかすかに鉄の味がしたが、幸いそれほど深い傷ではないみたいで、血はすぐに止まった。それにしてもあっけなく割れてしまったものだなぁと、床に...
『ひとひら エピローグ:永遠』2018.11.28 05:14時間は常に一方向に流れているものだと、誰もがそう言う。そしてそれは不可逆なもので、戻すことはできないのだとも。でももし。もしも時間が流れを変えて、私の時を巻き戻したら。なんてことを、いつの頃からか考えるようになっていた。"余命は、もって半年です"医者からの余命宣告に、私はあまり動...
『ひとひら 後編:夢幻』2018.11.28 05:13安らかな表情で眠る姉の頬に、私は額を寄せた。今は何回めだろうか。数十までは覚えていたが、そのうちそれが無意味に思えてしまい数えるのをやめてしまった。はっきりと言えることは、こうして繰り返された姉の死が確実に私の心を蝕んでいるということだ。「もういい…もういいよ…」私の瞳からは悲し...
『ひとひら 前編:回帰』2018.11.28 05:11目が覚めたのは病室だった。夏の香りが色濃くなった初夏の昼時。外の暑さを主張するように日が鋭く差し込んでいるのが、病室のカーテン越しにもわかる。閉じた窓の代わりに、冷房機から吐き出される少し埃臭い冷風が涼しさを運び、室温は肌寒く感じるほどだった。「あ、起きた」眠気まなこで顔を上げた...
『見えない友達』2018.11.28 05:09僕はいつも一人じゃなかった。部屋にいる時も、ご飯を食べる時も、トイレの時でさえ、ずっと僕のそばにいる。彼らは3人いて、小さい男の子と、その子より少し大きい女の子、そして僕くらいの歳の少年だ。彼らの声は僕には聞こえず、いつも僕の顔を見て、何を言っているのか、口をパクパクさせているの...
『アキちゃんのミカン』 2018.11.28 05:08アキちゃんは隣の家に住んでいる。 僕が家の前でアキちゃんを呼ぶと、はぁーいーと、穏やかな声で返事が返ってくる。 しばらくすると玄関の扉が開いて、ゆっくりとした足取りで出てきた。 「タケちゃん、どうしたの?」 優しい笑顔のアキちゃんは、僕より...
『娘の誕生日』2018.11.28 05:04花子は今日で5歳になる。愛する我が子のために、あの子の好きなショートケーキと、最近また新しく始まった、日曜朝のアニメ番組で出てくる"魔法のステッキ"とやらを買って帰る。これが意外に痛い出費なのだが、あの子の笑顔が見れるなら安いものだ。家に帰ると妻が玄関で出迎えてくれた。「おかえり...
『クラウモノ』2018.11.28 04:57裸電球一つで照らされただけのほの暗い監房の中で、一人の男が薄汚れた二段ベッドの下の段で、右ももの上に右肘をつくようにして座っていた。男には左の肩から下の腕がなかった。その体勢から微動だにしない男の息遣いは、監房の暗闇に溶け込むように静かで、死に際の病人のようにか細かった。そんな完...